概要
伊勢神宮の門前町として発達した都市で、「神都」の異名を持つ。語源は伊呂勢=弟であり、出雲の分派としての機能から発達したという説がある。江戸時代には「お伊勢まいり」の街として多数の観光客が訪れ、現在も伊勢志摩の中心都市である。
1906年(明治39年)までは度会郡(わたらいぐん。渡会郡とも)に属しており、明治維新直後の慶応4年7月6日から明治2年7月17日まで度会府の府庁が置かれた。廃藩置県により度会府は度会県となり、三重県に編入される明治9年4月18日まで県庁所在地であった。
地理
中心市街地は伊勢神宮 外宮(豊受大神宮)の周辺に形成されている。市街地を外れた森の中に、伊勢神宮 内宮(皇大神宮)が位置する。
「伊勢市」と称する以前は「宇治山田市」と称しており、内宮周辺が宇治、外宮周辺が山田に当たる。
地形
川:宮川、五十鈴川、勢田川
山:朝熊ヶ岳、高倉山、鼓ヶ岳、前山、神岳、虎尾山(高台)
伊勢市街地
隣接自治体
鳥羽市
志摩市
度会郡南伊勢町、度会町、玉城町
多気郡明和町
歴史
伊勢神宮の門前町として江戸時代から発展し、江戸幕府が伊勢神宮の管理を目的とする山田奉行所を設置した。山田奉行所は大岡越前として知られる大岡忠相が奉行を務めたことがあり、このころ紀州藩にいた徳川吉宗により、のちに抜擢されることになったという。
明治から昭和にかけて参宮鉄道線(現在のJR東海参宮線)・参宮急行電鉄本線(現在の近鉄山田線)・伊勢電気鉄道本線(後の参宮急行電鉄伊勢線。1942年廃止)など鉄道が次々と開通したことにより参詣客が増加した。
更に、国家神道の下で、第二次大戦までは「神都」として国威発揚の場ともなった。「皇紀2600年」にあたる西暦1940年には、約800万人が参宮のために当地を訪れたという(当時の市名は宇治山田市)。
沿革
1889年(明治22年):町制施行により、宇治山田町が発足。
1906年(明治39年) 9月1日:市制施行により、宇治山田市となった。
1941年(昭和16年) 5月5日:度会郡神社町を併合。
1943年(昭和18年)12月1日:度会郡大湊町、宮本村、浜郷村を併合。
1946年(昭和21年)11月20日:伊勢志摩国立公園に指定。
1955年(昭和30年) 1月1日:市名を伊勢市と改称し、度会郡豊浜村、北浜村、城田村、四郷村を併合。市名の変更は、後に市制を敷いた京都府宇治市や福岡県山田市(現・嘉麻市)との混同を避ける点と、当地が伊勢神宮の門前町で、江戸時代から「お伊勢まいり」と呼ばれて来た点からだと思われる。
1955年(昭和30年) 4月1日:度会郡沼木村を併合。
1957年(昭和32年) 4月1日:度会郡玉城町粟野地区を併合。
2005年(平成17年)11月1日:伊勢市、度会郡二見町、小俣町、御薗村の新設合併により、新しい伊勢市が発足した。
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