豊受大神宮
延暦23年(804年)に編纂された社伝『止由気宮儀式帳』によれば、雄略天皇22年、天皇の夢に天照大神(内宮祭神)が現れ、「自分一人では食事が安らかにできないので、丹波国の等由気大神(とようけのおおかみ)を近くに呼び寄せるように」と神託したので、同年7月7日、内宮に近い山田の地に豊受大御神を迎えて祀ったのに始まる。延喜式神名帳には「度会宮 四座」と記載され、大社に列している。
代々度会氏が神職として奉職したが、中世には度会家行が、豊受大神は天之御中主神・国常立神と同神であり、外宮は内宮よりも立場が上であるとする伊勢神道(度会神道)を唱えた。
日別朝夕大御饌祭
日別朝夕大御饌祭(ひごとあさゆうおおみけさい)。毎日午前8時から午前9時までにかけての朝大御饌、午後3時から午後4時までにかけての夕大御饌の毎日2回、外宮御饌殿において行われる神事。
常典御饌とも呼ばれる。忌火屋殿において、「忌火」とよび、神聖とされる火によって、神職が調理した御飯(おんいい)3盛、上御井神社の神水、御塩(みしお)、干鯛(季節により、スルメ・カマス・ムツ)、乾鰹、海藻、野菜、果物、清酒3献を禰宜、権禰宜、宮掌各1名、出仕2名が「御饌殿」において、天照皇大神と豊受大御神と、天手力男神、万幡豊秋津姫命、相御伴神三座に奉る。
神饌としての御塩(みしお)を御塩殿神社から、外宮に運ぶ際に、御塩道が定められており、また、御塩の輸送だけのためだけに用いられる橋として「御塩橋」が外宮の宮域にある。
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