御木曳

御木曳(おきひき)は、三重県伊勢市で(御木曳初式のみ志摩市・大紀町でも)開催される伊勢神宮の神宮式年遷宮における大衆参加の行事。 地元の奉曳団では「お木曳」と表記する。 奉曳(ほうえい)する用材により、御木曳行事、御樋代木奉曳式(みひしろぎほうえいしき)、御木曳初式(おきひきぞめしき)という3つの行事に分かれ、内容にも多少の差異がある。

概要

式年遷宮で用いられる檜の用材を、内宮用材は橇に積み五十鈴川を遡り内宮境内まで曳き上げ(川曳:かわびき)、外宮用材は奉曳車に積み宮川河畔より伊勢市内を通り外宮境内まで曳く(陸曳:おかびき)のが基本的な形態である。

式年遷宮の初期の頃には、用材の運搬は律令制下の何らかの課役(おそらくは「庸」)であったと思われるが、不明である。 中世以降、神宮に与えられた所領(神領地)の住民(神領民)は、年貢の義務がない代わりに遷宮での労役提供が課せられていたといわれる。 ただ、文献には「神領民の奉仕の気持ちから始まった。」という記述がみられ、強制ではなかったという見解もある。

記録の上では、第40回内宮式年遷宮において、『寛正三年造内宮記』1452年(享徳2年)3月15日の条に木遣歌の記載があるのが最も古いものである。 また江戸時代には装飾や催しが華美に過ぎるとして取締りがなされたとの記録があり、既に課役というより祭礼化していた。

式年遷宮の初期の頃には、用材を伐り出す御杣山(みそまやま)は神宮背後の神路山(内宮)高倉山(外宮)であったため当然前述のコースとは異なると思われるが、詳細は不明である。 御杣山が大杉谷にあった第46回式年遷宮の1682年催行の御木曳は、両宮とも勢田川小田橋から陸曳したという記録が残っている。 御杣山が木曽(美濃国・信濃国)に移り、伊勢湾を海運されるようになった第47回式年遷宮(御木曳は1702年)以降、現在のコースをとるようになった。 御杣山の変遷については、神宮式年遷宮を参照のこと。

伊勢の「お木曳き」行事として、国の選択無形民俗文化財(風俗習慣・祭礼(信仰))に登録されている。

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